思考の放棄、折衝の放棄

昨日の顧問先の社長との打合せ時での話。

 

その社長が顧客への追加金額の折衝をしきれずに、追加工事にも関わらずかなり低い利益率で取決めしたという話を聞いた。

「何故いつも利益率で粘れなかったのですか?」と聞くと、

「相手の人が業界に詳しそうで、ちょっと怯んでしまった」と言っていた。

 

気持ちは分かる。

交渉には言いやすい相手もいれば、言いにくい相手もいる。

 

まして気難しそうな相手や、結構知識を持ってそうな相手にはなかなか言いにくいものだ。

そして最も楽なのが、追加見積りなどを出さずに相手の全てを無償で受け入れる事。自社は大きな損を受けるが、折衝のストレスは当然ない。

次に超安い金額を出す事。これも先方との折衝の度合いは少なくて済む。自身へのストレスもかなり少ない。

 

要はそこに金額が乗れば乗るほど、そして金額が高くなればなるほど、交渉の難易度は上がり、その理由付けへの自身の思考時間も深くなっていく。そして難易度の高い折衝をしなければならない。

 

建設業界に限らずだが、世の中における価格折衝において、深い思慮と深い折衝を自身に課した上での交渉が行われているケースは限りなく少ないように思える。少なくとも私はそういった折衝を最初からしている人には今まで会った事がない。私などがコンサルタントの立場でその必要性を説いて、その進め方や言い方、金額の妥当性の決め方などを全て教えて促してもできない人が多い。いや、できないのではない、皆やらないのだ。

 

そんな交渉を好んでしたい人などいない、そんな思慮を好んでしたい人などもいない。誰もがなるべくならあまり深く考えずに、大した交渉もせずに全てを済ませたい。ただ済ます事ならできるであろう。その代わりに利益は得られない。思考と思慮を放棄する対価として、大きなお金を放棄しなければならないからだ。

 

それに対しては多くの人は様々な理由を言う。相手の問題、商品の問題、環境の問題、タイミングの問題等、しかしそれは単にやりたくないだけで、考えたくないだけなのだ。そしてそれは、何よりその人達自身が本当は皆分かっている事のはずだ。

 

などと偉そうに言っているが、当然私もサラリーマン時代にそういった経験は数多くある。しかし私はそこでの自社の損失、自身の損失に耐えられなくなった。というより、その分、他の営業で時間と労力を改めてかける事に耐えられなくなった。「こんなに苦労するなら、深い思慮と深い折衝をした方が余程楽だ」と、そっち側に行ってしまった。

 

しかし多くの人はなかなかそっち側にいかない。本心の本心では分かっていても、言い方は悪いがどうしても「逃げて」しまうようだ。逃げる時も必要だ。逃げる事も必要だ。逃げなければ自分の心がやられてしまう事なども多々あるからだ。常に立ち向かってばかりはいられない。しかし基本姿勢では逃げてはいけない。逃げる分利益を失う、お金を失う。そのどちらがいいかは自分で決めるしかない。

 

但し、そっち側にいかない限り、どんな仕事であり、どんな立場であろうが、自身の成長はない。そして成功もない。

 

まして会社の利益が上がることはない。

 

 

 

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