場面場面で心に誓う

それぞれの人はそれぞれの考えで人生を生き、その人達なりの思いとプライドで日々を過ごしている。

 

会社中心の人もいれば、家庭中心の人もいるだろう。個人で成し遂げたい大きなものを持っている人もいるかもしれない。それぞれがそれぞれの考えではあるが、皆それぞれ自分は正しいと思って生きているはずだ。自分は多分間違っている、などと思っている人などはそんなにはいないと思う。

 

しかしそれぞれの人には当然それぞれの人ごとの結果が出ている。いくらプライドを持とうが、自分が正しいと信じようが、結果は必ず出ているはずだ。その結果とは、自分が思い描いたものに対する結果である。何もかもうまく行っている人などは世の中にはほぼいないであろう。多くの人達がその人達なりの思いであり理想であり願いとの大小のギャップに苦慮しているはずだ。そしてそれこそが生きている証とも言える。

 

そしてその先において、いわゆる成功する人と成功しきれない人、又は絶対に成功できない人などに分かれていく。その分岐点とは一体どこから来るのだろうか?

 

私はその答えは、自分自身がその結果を心から受け止められているかどうか、そしてその結果に伴い、その先の自身の考えの変化と行動の変化に繋げられるかどうかなのではないかと思っている。要は出た結果の「受け止め方」と「その先の行動の変化のさせ方」によってその全ては分かれているのではないだろうか。

 

自身の思いであり願いと違う結果が出た場合、一般的には他者であり環境のせいにする人は多い。自分であり自社が出来ないのは世の中が悪いから、景気が悪いから、業界が悪いから、会社が悪いから、周りが悪いから、社員が悪いから、いい仲間がいないから、伴侶に恵まれなかったから、子供が理解してくれないから等々。

 

何かのせい、誰かのせいにすれば無限大にその原因は降って湧いてくる。

 

全ての原因は自分にあり、ただ自分を変えればいいだけだ。実は答えは単純な所にある。自分の変化なくして自動的な環境の変化は起こるはずもないし、結果の変化も起こらない。しかしどうもその自分の変化を人は好まない。変化が嫌なのか、それに伴う軋轢が嫌なのか。いずれにしてもそのリスクと天秤にかけ、皆、最終的には現状維持を選ぶのではないだろうか。何かを変える位なら今を受け入れる、という事を選んでしまうようだ。しかしそれでは何も変わるはずはない。

 

そういう私も私で様々な自分自身への願いを持って日々を過ごしている。私の場合は仕事ももちろん大事ではあるものの、今はどちらかと言えば家庭中心で妻との時間や、子供達の仕事面の願いや思いを持っている事の方が強い。

 

私ももう56才にもなる。まだまだ人生は長いとも言えるが、もう短いとも言える。

 

自分自身としてはある程度やるべき事や。やりたい事、成し遂げたい事や成し遂げるべき事は出来てきた。この先も更にあとこれは成し遂げたい、というような大きな思いは、実はもうあまりない。やはりメインは既に起業済みの子供達の成功へのアシストになるだろうか。他には当然、コンサルタント養成コンサルティングでコンサルティングで私の手法を教えさせてもらっている生徒さん達の成功になる。又、経営者コンサルティング実施中の経営者の方々や、長きに渡りコンサルティング契約をさせてもらっている企業の方々を成功に導きたいというのももちろんその一つだ。

 

私自身も日々過ごしていれば様々な場面が発生する。それがいい結果であれば、その原因を辿りその考えや行動を徹底して続ける。逆に悪い結果、というより自分が願わない状況に至った場合は、同じようにその原因を辿り、その場面場面を強く心に刻み、その後の対応の仕方を大きく変えている。3冊目の著書の中にも書かせてもらったが、同じ過ちや同じ失敗、又は同じような嫌な思いは2度と起こさない、2度とこの場面ではその時とった対応をしないと心に誓い、対応し続けると人生は静かに、そして確実に好転していく。

 

日々の場面場面で起こった出来事への反省や後悔があれば、その根本の在り方を変えていくしかない。 

結果を変えられるのも、自分を変えられるのも自分しかいない。

 

 

 

「建設業のための経営改善バイブル」(第5版御礼) 

「粗利だけ見ろ」(第6版御礼) 

「建設業経営 利益最大化の法則」(第2版御礼)

「粗利至上主義」(第2版御礼)

 

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