ちょうど3年前。何故か思い立ってドバイに行ってきた。コロナが落ち着いたこと、そして完全個室の飛行機の座席というものがエミレーツ航空という航空会社にあり、その行き先がたまたまドバイだったというのが理由だった。どうせ行くならあまり皆が普通に行っていない所がいいかなという軽い感じでもあった。
ドバイは本当に衝撃的だった。現地全8泊で、最初の3泊は7つ星ホテルのバージアルアラブ、2つ目のホテルはドバイモール隣接のホテルアルマーニ、残り2泊は砂漠の中のホテルのアルマハだった。
そもそも「7つ星のホテル」なんて聞いたことがない。5つ星にも泊まった事がない位だ。旅行会社に全任せだったからこうなってしまった。バージアルアラブは全室スイートで全室何故か2階建てだ。しかも階段も長い。部屋があまりに広すぎてもう何平米かも分からない。1000平米位はあったと思う。通常の広めのホテルの部屋の10個分以上はあったはずだ。食事もルームサービスで、大量に大テーブル3個分くらいの食べ物が運ばれてくる。1テーブル分の、その一角のみを少し崩した位しか食べられなかった。こんなの大食い大会でも食べられないだろう。
他には砂漠に行き、バギーにも乗った。ラクダにも乗った。アブダビのモスクも行った。モスクはこの世のものとは思えない建造物だった。あとはドバイ競馬場に行き、貴賓室にも入れてもらった。当時はドバイワールドカップの前々週でかなり盛り上がっていた。
連日行われるドバイモール前の噴水のドバイファウンテンなどは、もはや次元が違う演出と規模だった。ここはかなり感動した。その他に様々なショーも見た。ドバイフレームに行き、世界一高いビルのバージュカリファにも入った。最上フロアは雲の上まで行ってしまう。本当に天上界のようだった。しかしその10日間の記憶はもうほとんどない。この記載も当時の写真とわずかな記憶から書いている。
最初の1泊で体重は3キロ落ちた。そもそも自分の身体は環境に適応しやすい体ではない。身体は超弱くはないが、普通に強くもない。環境の変化で、いつもすぐに大きなダメージを受ける。日々の仕事の打合せでも体重は1キロは必ず落ちる位だ。
それが上記のウルトラハードな工程を、ほぼ休みなく過ごして日本に帰った頃には体重は7キロ以上も落ちていた。そして帰国後、1ヶ月近くも寝込むことになる。文字通り、良いも悪いも衝撃的な海外体験だった。
その後体調が回復し、それを皮切りに何故かその苦手な海外へ行き続けることになる。あれから3年で20回以上は海外に行ってきた。2ヶ月に1回はどこかに行っている感じだ。かといって、海外に慣れてきた訳では全くない。何かもうやけになっている感もなくもない。
ドバイには結局、次男も連れて翌年も行ってきた。後はシンガポール、ハワイ、ロサンゼルス、シドニー、サンフランシスコ、ニューヨーク、クアラルンプールなど。ロサンゼルスは大谷翔平選手を見に、延べ10回は行っている。ハワイも大して面白くもなかったが、それでも人生分として一応3回は行ってきた。サンフランシスコも2回行った。そして毎回、帰ってから体重が大きく減り、それなりに必ず寝込んでいる。
旅行はほとんどが妻と一緒。昨年のドジャースのプレーオフだけは次男と2人で行った。後は妻と次男との3人で行くことが多く、妻と2人で行ったのは最初の2回だけだ。長男夫妻もロサンゼルスには2回一緒に来た。この先何回家族で行けるかは分からないが、その全てがかけがえのない思い出となっている。もう今はそのために行っているのかもしれない。
ドバイの衝撃から丸3年。今年はまだどこにも行っていない。今年は国内が多く、神戸・大阪・名古屋・広島・仙台と行ってきた。全て某アーチストのライブ観戦だ。ライブのついでに観光している感じだ。そしてそこでもまたダメージを受けている。私の身体は旅行に慣れることは多分永遠にない。旅行でリフレッシュというより、日常でリフレッシュするという感じか。一生懸命に仕事していた方が余程元気になる。
ただ、仕事は精一杯やっているが、身体が動くうちに出来る事は何でもしておきたい。行ける所には、大して行きたくなくても行っておきたい。疲れても大変でも、今出来る何かはしておきたい。毎回大きなダメージを受けてでも、それでも得難い経験と家族との思い出は必ず残る。
人生は短いようで長いようで、それでもやはり短いような気がする。ここからの1年1年はもうカウントダウンに入っていると思う。出来る範囲の事などは大きく超えて、毎日を過ごしていきたい。
