時間を経れば「結果」が全てを証明する

人にはいろいろな考え方がある。良く見ていると分かるが、「誰もが」自分の考えであり行動は正しいと思っている。「自分は本当にこんな考えで、又、こんなことでいいのだろうか?」などと考えている人は少ないのではないだろうか。

 

そういう私も様々な事を経験しながらここまで約60年間も生きてきたが、少なくとも「今」の自分の考え方に対しては、疑いは持っていない。但し、以前の自分を振り返ると「自分が間違っていた」と思われる事が多々ある。しかし結果として、その時の間違いが自分を戒め、今の自分を作ったとも言える。

 

逆に言えば、間違えない人など誰もいない。失敗しない人なども当然いない。違いがあるとすれば、その時の「受け止め方」で差が出てくるのではないだろうか。うまくいかなかったのは「自分が」原因であり、「自分」の何かを変えなければならない、そう思うかどうかでその後の人生は変わってくるのだと思う。

 

失敗したり、うまくいかない事があった時に、自分に原因を置かずに、「世の中や政治、そして他人」にその原因を置いた時、自分そのものを変える事などはしない為、その後の結果も変わる事などはないという事だろう。又、短期間での成功や、物事がうまく運ぶことなどは、「その時の運」も含めてあるだろうが、これが長く続くかどうかという点が大事だとも言える。

 

 

今まで様々な考え方の人に出会ってきた。高校大学時代の7年、サラリーマン時代の約15年、そして起業してからの約20年。振り返れば、皆、それなりに自信を持っていた顔であり、話し方であり、態度であり、行動を見せていたような気がする。

 

しかし、あれから長い年月が経ち、「その結果」は明確に出ている。ただ、「その結果そのもの」が望まれたものであるかどうかは、その本人にしか分からない。他者から見て微妙でも、本人から見たら満足な事もあるし、逆に他者から見て成功でも本人が満足していない事もある。

 

自分自身が自分自身に何を期待しているかどうかにもよるが、「その結果」というものは時間とともに「恐ろしく明確」に表れてくる。一時期、我が世の春を謳歌していた人が、その後何年も何十年も続くとは限らない。一時期の成功は長く続かない人の方が多いだろう。

 

微妙な言い回しの言葉をずっと書いているが、そんなに難しい事を言いたい訳ではない。ただ、時間を経る事により、結果であり成果を明確に出るという事を最近特に感じるまでだ。

 

自分が強く望む結果が欲しければ、「地道な行い」であり、「自身への修正」を重ねなければならない。今、うまくいっているからといって調子に乗っていても、時間は確実に「実力に伴う結果」を自身の人生の中で「如実に証明」する事になる。

 

大谷翔平がこの5月の中旬で未だにイマイチだと言っていても、まだシーズンは4分の1に過ぎない。162試合という長い試合数の中で、結果、実力は「明確に表れてくる」ものと固く信じている。大谷のシーズンも、一般の私達の仕事であり生活も同じであろう。一喜一憂せずに、地道に「正しい考え方」と「正しい努力」、そして何より「正しい修正」を続ける必要がある。

 

その場凌ぎの対応で「長期的視点」において結果が出る事はほとんどない。今の結果であり自分の状態が、今までの自分の考え方であり、行動であり、修正の有無の結果を表しているものと言える。大谷を信じ、大谷のように頑張っていきたい。