東京と石川の2拠点生活は今年で11年目に入っています。次男の大学進学時に東京にも拠点を設け、私は石川と東京を毎週行き来し、妻は東京に住むという生活を始めました。
東京に拠点を設けた1ヶ月後に母の病気(膵臓がん)が発覚し、母はその9ヶ月後に亡くなりました。73才でした。2拠点生活という事で、妻は東京にいるので、石川の自宅には私1人と、玄関分離の2世帯住宅のもう一世帯には父が1人でいました。
父は母の遺言にもあったように、今までやった事もなかった家事に取り組み、私の食事・洗濯・ゴミ出し・荷受けや配送手続きなど、細かな事も含めてずっとフォローしてくれていました。
その父も今年で89才になり、明らかに衰えてきました。普通の生活が出来ればまだいいのですが、手足に痺れと歩行困難が出てきて、病院に行った所、脊髄に問題があるとの事。本人に自覚はなかったようですが、過去に脳梗塞や脳出血の形跡も多数見られるとの事でした。いずれにしても私が細かな面倒を見る事はできない為、将来的な事を考えて、どこの施設に入るかを数年前から検討してた為、その施設に連絡し、今月7月からそちらに入居する事になりました。
病院とも連携を取れており、最後を看取るまで面倒を見てくれるという事もあり、多少安心はしていますが、脳に影響を受けている事からも、いつ何かがあってもおかしくない状況だとは思っています。
先日、私が東京に行く際、いつものように自宅から金沢駅まで父に車で送ってもらいました。これが最後の送迎です。私は父に「父さんのお陰でこの10年、元気にやってこれた。今までありがとう」と言うと、父も、「これで母さんの遺言を果たす事ができた。料理などをしてきたお陰で生活にも張りが持てた。こちらこそありがとう」と言ってきました。
少なからず感慨深いものはありますが、どんな事でも少しずつ時は過ぎて時代は移り変わっていきます。今の我が家の状態も、よく10年も続けてこられたものだと思っています。
7月23日に父は施設に移ります。ちょうど妻も子供達2人も石川県に来ているタイミングでもあり、皆で引越しを行う予定です。
そういう私もあと何年、今の生活であり状況を続けられるか分かりません。私の母方の祖父も、母方の叔父も、母も膵臓がんでした。母の主治医からは、多少遺伝的な要素もあるかもしれないと言われていたので、私もどこかのタイミングでの可能性は十分にあるとずっと思っています。
改めて一日一日を大事に過ごしながら、まずは父をしっかりと見届けたいと思っています。
